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by epiplectic3110
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くらげになりたい女

あれは僕が二年生だった頃
大学に入ってからの人間関係と
膨大な勉強に押しつぶされそうになりながら
何とか自分を保つのが精一杯だった

前期の試験期間中
その頃僕は、コンパスのような歩き方をする女とよく一緒に勉強をしていた


「じゃあ頚椎は?」
「Vertebrae cervicales 」
「うーん 鎖骨」
「Clavicula」

彼女が言ってきた骨の名前に
ラテン語を与える作業を始めて半時間が経とうとしていた。

「っていうかさぁ 解剖のラテン語ってせいけいでも行かないと使わなくね?」

「えー?でもなんだかんだ色んな科で使ってるみたいだよ」

解剖学の再試勉強に付き合ってくれている彼女は、自分もいい加減疲れたという表情をしながらそういって野菜ジュースを飲んだ。

「あー つかれた 一服していい?」

彼女は目でうなずく
僕は黙って火をつける。

ゆっくりと煙を吐いて、その形を弄ぶ
脳の血流が急激に下がるのがわかる

「epiはさ 何になりたいの?」

タバコのふた口目ぐらいで彼女は突然たずねてきた
目線は、たった今野菜ジュースの消えたコップにむけられたままだ

「…なんで?」

普段そんなことを聞いてくる女ではないので
すこし面食らって再び煙を吐く


彼女は少し考える仕草をした後、目だけ僕のほうを向けて言う

「・・・あたしはさ くらげになりたいの」

「は? くらげってあのクラゲ?海の?」

「うん」

しばらく黙って考える
・・・思考をトレースできない

「なんでクラゲなのさ プラナリアとかじゃだめなわけ?」

すこし笑いながら聞いてみる

「プラナリアも悪くない… でもクラゲかな やっぱり」


そういって少し黙った後
彼女はその夜何杯目かの野菜ジュースを取りに席を立った

クラゲ か
あいつ脳みそにカビでも生えたのかな?

笑的に思考を動かす。


・・・なんでそんな話をしたのだろう
ふと急に我に返る


普段は小うるさくて、ちょっと変わっていて
無邪気そうに振舞うけれど
とても頭が切れて、時々たいそう大人な
そんな彼女らしからぬ その一言

ワシントン条約で保護しなければならないほど貴重だ

僕の思考は、思考的内向へ急速に落ちていこうとする



「続きをはじめよう」
という女の声にはっとする

彼女は何もなかったかのようにそこに座っていて
骨学のプリントをめくり始めていた。

「そうだね」

僕も次のページをめくった。



夜はもう明けようとする頃に勉強も終わり
翌日の試験に備え学校へ向かう途中、彼女と別れた

短いスカートから伸びた足は
コンパスのように正確無比な歩調でを歩いていく
朝の湿った路面の何かを測るように・・・

僕はそれを眺めながら黙ってタバコに火をつけ

「くらげ、か」

とつぶやいた。
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by epiplectic3110 | 2004-08-24 12:49 | 海月を嘯く
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